原因不明の不可思議な写真がすべて心霊写真とは言えない
現状、事実現象としてはある程度の確認ができても今日まで科学的に立証確認で
きていません。
しかし、大怪我をする所を間一髪の所で助かった、死後に故人を目撃した・故人
の声を聞いた、物音を聞いた、背筋がゾクッとした、怖くて電気をつけていないと寝
られない、人影を見た、まったく知らない人が眼前に現れ消えたなど、不思議な体験
は事実上はあります。
錯覚とは言えない事実もあります。
いつ、どこに現れるわからない霊魂、物質で構成されているとは思えない霊魂を
科学的、実験的に分析し証明することは困難です。
ところで心霊写真と言われるものの多くは、何らかの物理的原因によるものと考
えられます。
たとえば、左り手の上腕、二の腕あたりから下の腕が写っていないとか、着てい
る服の袖から下の腕が消えている、あるいは左足の腰から下が消えている、片手の指
の数6本ある、知らない人の顔が写っている、車や家のガラス越しに何か得体の知ら
ない物が写っているなど、原因はカメラ機器や撮影現場の環境、撮影位置、撮影方法
等による場合もあります。
しかし、どう考えてもカメラ機器、環境要因等が原因では考えられないものが写
っている場合があります。
原因不明だからといってそれが生類の死者の魂の表れ、生類の生存者の念の表れ
とは断定できません。
それは生類の死者の魂ではなく、妖怪といわれてきたもの、未確認生物、別次元
から来た者、宇宙人などかもしれません。
いずれにしろ原因不明の存在です。
心霊写真と言われるものは、まず物理的環境的原因で説明がつくものと、つかな
いものに仕分けできます。
物理的環境的原因で説明がつかないものを生類の死者の魂を原因として身体の
全部、または一部が表れている様なもの、あるいは生類の生存者の念の表れを原因と
して身体の全部、または一部が表れている様なものと、そうでないものに仕分けします。
これらをそれぞれじっくり見て、考えて、観察していくことになります。
心霊現象は3歳未満位までを限度にこの年齢までの子供は心が汚れておらず霊を
見ることが多いと思います。
成長するにつれ霊を見たことも忘れます。
子供も年齢を重ねるにつれ経験や知識がつき生まれた時の純粋さはなくなり、霊
を見ることが少なくなります。
心霊写真と呼ばれる写真にはどのような角度から見ても撮影機器の物理的原因や
撮影時の周囲の偶然性、シャッター速度、光、動作の流れ、被写体の姿勢その他を、
考慮しても、なぜそのようなものが写ったのか原因を解明することができない写真が
あります。
霊と断定できませんが不思議なものが写ったということは事実に相違ありません。
この世はあの世ともつながっていると思います。
この世の時間と空間はあの世とつながっていると思われます。
この世は、現実世界。
あの世は、未知の世界。
死んだことを認識していない故人、この世にやってきた魂が、写ったのかも知れ
ません。
その本当の正体は誰もわかりません。
不思議というだけです。
霊が出現する経緯、姿かたち、場所、音、動作、速さ、消えるなどから霊として
考えるのが一般人の人情です。
特定の場所、家、建物等で、心霊現象が一度発生すると、その場にいる限り、何
か恐ろしい感覚が自分の中につきまとい、忘れようと思っても、他の事を考えようと
気をそらそうとしても、一旦、自分の心にその心霊現象の記憶が執着すると離れるこ
とは困難です。
いわゆる地縛霊と言われるものが引き起こします。
夜は怖くて部屋の入り口の扉を閉め、照明をつけたまま眠ることになります。
変な物音が耳に入らないようにラジオをつけっぱなしにしたり、トイレに行くの
も怖くなります。
この地縛霊は、その場所に地縛霊がとどまっていた時間が長ければ長いほど、地
縛霊が成仏するまでの期間は長くなると思います。
慢性病のように時間をかけてなった病は、時間をかけないと中々直らないのと同
じです。
地縛霊と思われる不思議な現象については、体験した者でなければわかりません。
一度おさまったったと思われた心霊現象、心霊現象が無くなったと思ったのに、
又あの恐ろしい心霊現象、鳥肌が立つ心霊現象が、再発したと感じることがあります。
この現象は、あの恐ろしい、怖い心霊現象が記憶に焼き付いているためトラウマ
となり何かのきっかけで思い出してしまうのです。
心霊現象の恐怖は、心霊現象が無くなっても、長い時間をかけないと心から消え
ることはありません。
それだけ心霊現象が心に及ぼす影響は多大なのです。
心霊現象が写っている写真を鑑定依頼される方の中には、
写真を加工して、あたかも心霊写真であるかのようにして、
提出される方がいらっしやいます。
このような写真は精巧にできています。
この写真は、何度見ても、重複露光・シャッタースピードなどのデジタルカメラ
やスマホの機械的物理的原因による症状、現象は見つかりません。
さらに撮影時の身体の動作もなく静止状態であったり、周囲の影響もない撮影で
、心霊現象が写っている場合があります。
物理的要因が発見されないにもかかわらず写真を良く観察すると霊的な雰囲気が
感じられない写真があります。
心霊現象が、写真に写ったり、見えたり、聞こえたり、あるいは目には見えない
何か、胸騒ぎ・恐怖を心に感じさせる、何とも言えない雰囲気が生じることがあります。
このような不思議で怖さを感じる現象は同じ場所に複数の人がいてもその中の特
定の人のみがそのような現象を感じることが多いです。
このため他の人に恐怖を説明しても理解してもらえないことになります。
まったく心霊現象とは不思議な現象です。
人間の持つ感覚機能が不思議な心霊現象を感じ取ります。
霊魂は何かを知らせたい場合に心霊現象を生じさせ娑婆世界に生きている人間に
知らせようとする場合があると言われます。
心霊現象なんてあり得ないと先入観にとらわれることなく、無視を決め込むこと
がないよう心がけたいものです。
心霊現象が何かを暗示しているのではないだろうか、何かを教えようとしている
のではないだろうかと考えることも必要です。
故人の歩いている姿を死後に近所の人が目撃することがあります
このような現象の目撃情報はひじょうに多いと思われます。
近所の人が死亡前に目撃したのを死後に見たと勘違いした場合やまだ死んだこと
を認識できない死者の意識が、人間の形となって現れたものとも考えられます。
死者が、毎日、散歩したり、買い物したり、通勤したりと、毎日の習慣となって
いた行動を死んだことを認識できない死者が行うということです。
魂は不滅です。
魂は生きかわり、死にかわりし、輪廻転生します。
人間は死んだらその魂は、次の輪廻転生に備え待機するか、あるいは魂となって
娑婆世界で守護霊になったりと、自分が魂となったことを認識した上で、この世をさ
まよい歩くことになると言う人がいます。
人間は成長するに伴い、教育、家族・友人等の人間関係・社会経験などの影響に
より心の曇りが濃くなっていきます。
心の曇りが少ない幼少の頃は、大人には聴こえない、見えないもの見える確立が
高くなります。
たいていの人は、子供の頃に大人の常識では考えられないものを見た経験がある
のではないでしょうか。
亡くなった人、幽霊、生霊、正体不明の人間・動物・植物・物体が見える場合が
あります。
幽霊は、夢か、幻か、現実か。
心身ともに正常に判断できる状態で幽霊らしきものが見えた場合は、それは夢
でも、幻でもない現実の可能性が高いと思います。
あの世の魂があの世から、この世に行き来することはできると思いますが、この
世の生きている人間が、この世とあの世を行き来することは、瞑想による心の中では
可能としても、現実の世界で、生きている人間の魂がこの世とあの世を行き来するこ
とは不可能に近いと思います。
心霊写真に対する対応方法
デジタルカメラやスマホなど、カメラ自体の機械的な原因、撮影方法、撮影位置
、前に撮った写真が後に撮った写真に重なる多重露光・多重露出・二重写し撮り、手
ぶれ、スローシンクロ撮影等の原因が無く、原因解明ができない写真、一般に心霊
写真、恐怖写真と呼ばれる写真や動画があります。
通常、写るはずがない物が写ったり、写るはずの物が写らなかったという写真は
心霊写真と呼ばれます。
知らない人の顔が写っている、頭が写ってない、顔が写ってない、手が写ってな
い、足が写ってない、誰かの手が肩に写っている写真等、どう考えても原因が不明な
写真があります。
このような写真は心霊写真と呼ばれます。
この世には、魂・霊が至るところに存在していると思います。
従って、偶然、稀に、霊魂が写真に写ることはあると思います。
魂は何かを告げるために姿を現したり、あるいは姿を現さなくても人間の心にテ
レパシーのように何かを告げるため、何かを暗示するために話しかけてくることもあ
り得ます。
自分が死んだことが理解できず念が残り、魂がこの世にとどまり、いわゆる地縛
ことはあり得ると思います。
心霊写真、恐怖写真を持ち続けるということ自体、自分の心が心霊写真に執着し
ていることになるので執着を発するためには写真を消去した方が良いのです。
その写真を消去できない自分がいるということは自体、人間の煩悩である物に対
する執着心の現れです。
執着心が苦を生みます。
この世には科学では解明されていないこともあります。
心霊写真を持っていることで霊的悪影響だけではなく、その執着心が自分の意識
にも執着することで、不安感情、イライラなど、心的に悪影響を及ぼすこともありま
す。
心霊写真を撮影した場合、気になればお寺に相談し心霊写真を預かってもらうか
、消却をするかして対応した方が良いと思います。
心霊写真ではない場合、心霊写真の原因解明
カメラ自体の機械的原因、撮影方法、被写体の人の撮影時の動き、撮影者の動き
等により、心霊写真のような写真が撮れる場合があります。
その事例として、たとえば
①袖から下の片腕が、完全に消えて、まったく写っていない。
②手の指が、1本多く写っている。
③手・足が透けて写っている。後ろの背景も手足が透けているため写っている。
④手・足が、はつきりと、1本しか写っていない。
⑤首ら上、顔、頭が、写っていない。
⑥オーブと呼ばれる物が、空中に、無数に漂っている。
⑦グループ何人かで集合写真を撮ったら自分の肩に誰かの手が添えられている。
⑧写真を撮ったときにいなかった、見ず知らずの人が、写っていた。
⑨ぼやけた状態の顔が、写っていた。
⑩ガラス窓、鏡に、人の顔のようなものが写る。
⑪心霊写真かと、良く見ると、再度、撮影現場に行って、確認すると石像、植物
など実在する物体であった。幽霊の正体見たり枯れ尾花の如く。
⑫光の線が、多数、写る。
心霊現象を体験し、心霊現象を信ずるようになる
心霊現象を体験していなくても心霊現象を信ずるということと、心霊現象に遭遇
し、体験したので信ずるという場合では、同じ心霊現象を信ずるということでも信ず
るということの度合いが異なります。
心霊現象が存在するかどうかということは正気の状態で、自分の目と耳などの感
覚器官で確認し体験した者しかわかりません。
心霊現象は伝聞で聞いたり、書物を見たり、画像で見ても実際に体験しなければ
事実かどうか、真実かどうかは確認できません。
正気の状態で、確認した者、その人自身しか、事実を知らないわけであり、その
人が、他人に、体験した心霊現象を伝えても、伝えられた者は、事実かどうか、わか
らないのである。
この世の中に不思議なことがあることに間違いがない。
但し、それが心霊現象なのか、妖怪のような未確認生物なのか、異次元の生物な
のか、生霊なのか、正体を、確認することは困難である。
心霊現象が頻繁に出現したり、悪霊が取りついている感覚がすることがある
心霊現象の例として、ヒソヒソと人の話し声が聞こえたり、悪口を言われたり、
怒鳴られた気がする。
音がしたり、黒い影が見えたり、霊がソフアーに座っている。
窓から誰かがのぞいている、複数の霊が見える。
原因不明で、首が痛くなったり、肩が重くなったりする。
何も見えないが誰かがいる奇妙な雰囲気がする。
霊が付近にいる感じがして鳥肌が立つ。
何をやっても悪いことばかり続いたり、怪我や病気になる家族が続出する。
二階以上の階なのに窓から人がのぞく、何かをしていると大声で怒鳴られる。
室内の物をカタカタゆらす、階段を昇ってきたり、降りてきたりする足音がする。
玄関のドア、室内のドアが開いた音がするが行ってみると開いていない。
ドアが閉まる音がする、インターフオンが鳴るが行ってみると誰もいない。
このような事象を心霊現象として訴えられ方がいます。
|祟り|因縁|先祖の祟り|親の祟り|土地の祟り|建物の祟り
先祖や親が人を殺し恨まれている、先祖の行為が原因で子孫を末代まで祟ってや
ると言われている。
このような話が親から子、子から孫へと代々と伝えられていく。
人間は、不幸が続いたり運が悪いと感ずることが多くなったり、あるいは心霊現
象が発生したりすると、何かの因縁・祟りではないかと考え、原因探しに奔走するこ
とになる。
心霊現象の原因を「自分の運命」、「自分自身の行動・考え方・意識」に求めるの
ではなく、祟り・因縁・他の人という、自分以外の他に原因があると決めてしまう
のが、人間の常です。
運命、霊のように、人の力では、どうにもならない不可解なことは、不可解な
所、祟り、因縁などに原因がないかと探してしまうのが人間です。
心霊写真ではないが不思議な物が写った写真
心霊写真が写る写真は、被写体が別人でも、心霊写真を撮る人は、同じというケ
ースが、多々ある。
心霊写真を多く撮る人は、不思議なことに、心霊写真以外に、通常では、その場
に存在するとは考えられない不思議な写真を撮ることがある。
どんな写真かというと、その場にいるはずがない外国人、明治時代以前の風体を
した人、動物園を除いて日本に存在するはずがない爬虫類や動物などである。
しかも、はっきり・くっきりと写っているのである。
本物でなければ、合成写真としか考えられないような明瞭な写真である。
二重写しでもない、撮影場所が静的場所であり、また付近の風景にも、一切該当する
ような物もない、カメラの機械的原因や撮り方、撮る位置関係でもない。
心霊写真ではないが、原因不明の不思議な写真が存在する。
心霊写真 除霊 お祓い 供養 処分 お焚き上げ
昔のアルバムや古い写真に霊が写っている。
古い写真、昔の写真をなつかしくなり見てみると当時は気がつかなかった、不思
議なもの、霊や解明できないものが見える場合があります。
たとえばプリントされた写真をよく見ると数枚の写真に赤い帯のような光が写っ
ていることがあります。
またオーブと言われる光の玉が写っている場合もあります。
オーブのような光の玉の色は、たいていの場合、白色、緑色、赤色、青色です。
オーブはすべて科学的に説明でき、心霊現象ではないとされる。
しかし、果たしてそうだろうか。
科学的に理屈がついたとしても、霊力により理屈がたまたま偶然つくような状況
になったのかもしれない。
その現象が心霊的なエネルギーにより引き起こされたものではないと断定できる
ものなのかどうか。
真実は誰にもわからない。
つまり、オーブのような光は、カメラレンズの表面についたホコリや水滴などの
異物が写真に写ったり、カメラの外から入った光が、内部のレンズと外側のレンズ
の関係で光が反射したり、カメラの外側の光を原因とした反射により写ったり、外の雨
粒やホコリに光りが反射して写るとされ、カメラの専門家が同じ現象を再現して見せ
て、霊的現象ではありませんと言っても、それは同じ現象をただ再現させただけであ
って、個別の事例についてはそれぞれに因縁があるため、その写真が心霊写真ではな
いという証明にはなりません。
またすべての事例のオーブ現象を再現できるわけもなく、再現不可能なケースが
あるとされます。
またそのオーブのような光自体が光源としてエネルギーを発している場合もある
かもしれません。
霊が存在したとしても、生じたものは消滅し、すべて諸行無常、諸法無我、仮の
存在にすぎない、とは言っても、実際問題として、得体の知れないものに恐怖し、悩
まされることは間違いなくあります。
ゾクッとする背筋が凍り付くような感じ、背中を向けると後ろから霊が来そうな
気配、霊が階段の下から上へ上がってくるような恐ろしさなど事実上そういうことは
あります。
寝るときも怖くて照明を消せないこともあります。
心霊写真 鑑定 お焚き上げ
知識不足と言われればそれまでですが、あらゆる視点からどう分析してみても、
写真を拡するなど見方を変えてみても、なぜそういうものが写っているのか原因がわ
からない写真があります。
この意味から言えば、心霊写真、霊的写真はあります。
論理的に原因はこういうことですと言われても、それは真実を証明したことには
なりません。
この世には証明できないこともあるのです。
つまり、霊はあるとも、ないとも言えないのです。
ある個人にとっては霊は身近に存在し、苦しめられているかもしれませんし、助
けられているかもしれません。
霊を信ずる者にとっては、霊は存在し、霊を信じない者には霊は存在しないとい
うことになります。
たいての人間の心底には得体の知れないものに対する恐怖心は潜在意識に存在し
ているのではないだろうか。
霊を信じないという者であっても、実際に夜中に廃ホテルの一室に一人で泊まる
ことができるであろうか。
心霊写真の鑑定、除霊、お祓い、お焚きあげ
心霊写真の鑑定は、科学的客観的に見て原因が、心霊現象以外のものなのかを判
断するには、ある程度のカメラ、撮影に関係する知識が必要となります。
過去の撮影履歴にもない写真、レンズの反射や汚れもない、ホコリもない。
フイルムに化学的変質や光が漏れて入った形跡もない。
シャッター速度、焦点、フラッシュ、レンズコーティング、カメラ内部の劣化、
破損等カメラの撮影方法や機材にも問題がない。
被写体、撮影者、共にの人為的な動作、息等にも原因がない。
撮影した場所の周囲の物体、液体、気体、天候、気候、温度にも原因がない。
周囲に動きがある微粒物質、液体、気体、物体もない。
光の変化、光源、影、等、まったく因果関係のあるものがない。
オーブのような光であっても、そのオーブ自体が光を発している発光源なのか、
あるいは光の反射により生じたものなのか
このようなことを検討した後、心霊写真かどうかを判断することになります。
心霊写真かもしれない写真の具体的な例としては、上述のようなことを検討した
が原因不明の写真で、撮影現場に存在しないものが写っているもの。
霊が集まりやすい場所はお寺です。
霊が、自分だけではなく、家族や関係者の霊、身体、遺骨、形見等を携えて供養
をしてもらいたくてお寺に現れます。
霊はそのお寺の僧侶が供養してくれるかどうかを選別し、施餓鬼供養、亡者供
養などの供養をしてくれる住職、僧侶がいるお寺に現れます。
この世のものとは思えない動物か人間かわからないようなものが写っている、
見たことがない人間が写っている、人間や生き物の身体の一部分写っている、誰が
見ても、見ただけで気持ちが悪くなる、ゾットする写真などは、心霊写真の可能性が
あるかもしれません。
心霊写真のお焚きあげ、鑑定、除霊、お祓い、
心霊写真は、写真を撮るときに、人間の目で姿を見ようと思えば見えたものだ
が、気がつかなかった霊が写った場合と、人間の目で姿が見えている状態で、写
真を撮ったものです。
科学的に立証できない写真だからといって心霊写真だと断定はできないが
、心霊写真ではないと否定することもできな。
科学的に立証できても心霊写真かもしれないし、科学的に立証できない写
真は心霊写真かもしれない。
第三者に対して、心霊写真が心霊現象によるものであると証明するこは不
可能なため、科学的には原因不明であるということを証拠の一つとするしかあ
りません。
この世には不思議なこと、謎という未知の領域が存在するのである。
牛久成田山 真浄寺
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